【レポート】「半島が来る。横浜に出よ。」日埜直彦

9/10までアーキエイド・サマーキャンプの発表が毎週土曜日に行われる。その最初の回が8/20に行われ、拝聴してきた。その内容を簡単にレポートしつつ、この機会にアーキエイドの活動に触れることをお勧めしておきたい。

今回は大阪市立大学の宮本佳明研究室筑波大学の貝島桃代研究室が、アーキエイド・サマーキャンプ(7/20-24)で行ったフィールドワークの状況とそこからまとめた提案を報告した。漁港を中心とした数十戸程度の集落を対象とした復興計画であり、具体的な被災状況、その地区の歴史、漁業の形態、多様な地理的気候的条件などのその場所毎の状況に分け入って、そのなかからポテンシャルのある方向が抽出されている。宮本研究室は前網浜(マエアミハマ)と寄磯(ヨリイソ)、貝島研究室は桃浦(モモノウラ)および月浦(ツキウラ)・侍浜(サムライハマ)をそれぞれ担当した。津波に耐えうる新しい集落のかたちを模索している以上、海岸からの距離と高さがある絶対的なクライテリアとしてそこに立ちはだかっているわけだが、遠ければ良い、高ければ良いという抽象的な問題設定では具体的なカタチは見えてこない。だからその場所に住む人たちと話をし、その周辺を踏破して、具体的なポテンシャルを見極めることが必要になる。前者においては強風を避けつつ浜と比較的近い場所に再興の地として可能性がある土地が見出され、後者においてはかつて林業や耕作が営まれ現在は細々としてしか使われていない土地が有望な場所として浮上してきた。今直面しているそうした問題を考えることは、将来の集落のあり方、生き方を構想することに他ならず、つまるところそこでは建築の専門家として単に建築の提案をするという閉じたスタンスは通用しない。単にどこに住むか、という問題にとどまらず、この集落でどのように生活し、経済を廻し、将来を組み立てていくかに踏み込まざるを得ず、そこから折り返してきたときにはじめて場所とカタチは必然性を得る。既存の浜のあり方の延長線上に将来像が描かれる場合もあるだろうが、ここでならあり得る観光のあり方も含めて構想は広がる。各々の提案はそれぞれにこうした往復の記録であり、お題目のように唱えられている高地移転の抽象性とはまるで違うリアリティが伺える。

いわばインフォーマルな報告会でもあり、こうした提案を受けて進行中の行政サイドの実情も紹介された。それを聞く限り行政的なスキームの上でこうした成果が重要な基礎として、あるいは把握しきれない状況のなかの貴重な道しるべとなっているようだ。個人的にはこの「現場感」がもっとも印象的だった。限られたリソースでやむにやまれず決断をしていかなければならない現実の中で、建築家が果たしうる役割はきわめて現実的なものとしてそこにある。今回はサマーキャンプの報告だが、一回きりの提案で物事が整理されるわけもなく、継続的に折衝し調整していくことも必要だろう。単に結果報告ではなく、現地のこうした熱気に触れられる貴重な機会ではないだろうか。とりわけこれまで関わりを持つきっかけを掴めないでいた諸氏の参加をお勧めしたい。

日埜直彦
日埜建築設計事務所・代表

アーキエイド・サマーキャンプ 2011 地図 JPG 画像
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One Response to 【レポート】「半島が来る。横浜に出よ。」日埜直彦

  1. 仙波公輝 says:

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