【レポート】「新たな視点の提供」栗田有理

5回目となった今回の研究室キャンプ報告会では、首都大学東京の小泉雅生+門脇耕三+猪熊純研究室、大阪工業大学の前田茂樹研究室による発表が行われた。両大学とも性格の異なる2つの浜を調査し、それぞれの浜に被災地復興について具体的な提案がされていた。また今回、浜の地理的特徴や被災状況だけでなく、歴史や文化についても触れられていた点が印象的であった。

大阪工業大学が調査を行った浜は大原浜(オオハラハマ)と給分浜(キュウブハマ)、牡鹿半島の西側に位置する浜である。「大原浜は海に対して扇形に広がっているため、どこからでも海が見え、夕日が美しい」「伊達政宗も大原浜から蔵王を眺めていた」などの大原浜の住民の声が紹介された。被災地の方は自らの住む地に強い愛着を持っているという話を聞いたことはあったが、調査チームに浜の魅力を語ってくれたというこのエピソードを聞き、改めてそれを感じた。大原浜と給分浜は隣同士の浜であるが、大原浜の住民は勤め人が多いのに対し、給分浜の住民は8割が漁業関係者である。そういった状況も踏まえ、以下のような提案がされた。

・船着場、堤防、牡蠣加工場など港の復旧

・居住地の高所移転

・海岸に近い県道の移転、避難道となる山道の整備と可視化

・浜を新たな方法で使うため、公園や広場の新設

大原浜では梅林公園、給分浜では漁業施設と一体化した広場を新たに浜に設ける提案がされた。大原浜の梅林公園は景色を眺めながら集まれる場になり、小学校と連続させることで新たなコミュニティの創出も期待できる。住民同士の集まる場所がほしいという声が反映された提案である。一方給分浜は住民の8割が漁業関係者で、いわば漁業で成り立っている浜である。この漁業施設と一体化した広場は、水揚げされた魚をふるまう場所や祭りの会場になり、浜に賑わいを持たせる。単に漁を再開させるだけでなく、水産加工所や市場の復旧なども求められていることから、この浜の復興には漁業と徹底的に向き合うことが不可欠であることを強く感じた。

首都大学東京は泊浜(トマリハマ)と新山浜(ニイヤマハマ)で調査を行った。こちらは牡鹿半島の東側の浜である。泊浜は漁業が中心の浜で豊かな漁場を持つ。泊浜に近い山王島が津波の勢いを弱めたため、住宅の被害は海に近い19棟だけであったものの、漁業に必要な一切は流された。また地盤沈下のため冠水した港には船を係留できなくなった。漁業が中心の浜だけにその被害は致命的であったように思われる。以下が首都大学の泊浜での提案である。

・防波堤の復旧、港近くの土地のかさ上げ、水産物を運搬するための道路の整備

・居住空間の再編

・観光拠点にもなる広場、眺望を活かしたレストランの新設、風力発電の利用

大阪工業大学が調査した給分浜と同様、まず漁港の復旧が急がれた。住民の間でも漁業の早期復旧が、既にしっかりと議論がされていたようだ。また住宅が被害に遭った人の多くは元の場所に住むことを望んでいるが、元の場所が建設禁止区域に指定された場合も想定して、高所移転の候補地を選定した。そしてこの提案で特徴的なのは、風力発電を利用することだ。牡鹿半島の年平均風速は比較的大きく風力発電に適した値であることに気づきこの提案に至った。この発電で得た電力は、漁業用ポンプや消火用ポンプに供給される。

新山浜には険しい崖があり、居住地は海に近い場所にあっても海抜10mを超えることから、居住地の被害はほとんどなかった。津波によって壊滅的な被害を受けた場所の情報は多く入ってくるものの、こういった比較的被害の少ない地域の情報を目にすることはあまりなかったのではないだろうか。しかし被害は比較的小さかったとはいえ、漁港は津波で冠水し、新山浜とつながりの深い鮎川浜への道路では土砂崩れが発生した。新山浜における提案は以下のようになっている。

・被害のあった漁港や道路の整備

・集落のエコミュージアム化

エコミュージアムとは新山浜に残る、特徴的な屋根を持つ家、川が存在した名残の護岸などの昭和初期から残る文化財を作品にする提案で、校外学習やゼミなどの場としても活用できるようにする。また、新山浜の発表で印象に残った話があった。「新山浜は震災の被害が比較的小さく、復興という話がどうしてもしにくい。しかし、このままで10年、20年後生き残れるような浜ではないということは住民も分かっている。」

被害の比較的小さなこの浜は、復旧作業の優先度が低くなってしまうことは仕方のないことであろう。しかしその上で如何にこの浜を復興させ将来へ残していくかという問題と格闘してきた様子を、今回の発表から窺うことができた。震災前の浜の様子が残っている点や牡鹿半島で最も行きにくい浜である点から非日常性を見出したという説明がされたが、エコミュージアムとして新山浜に新たな価値を与えたのは魅力的であった。

現在、震災で破壊されたものを如何にして復旧するかという問題に直面しているが、被災地の多くは震災による被害だけでなく、日本各地の浜が抱える高齢化やコミュニティ弱体化等の問題も同時に抱えている。震災の被害が甚大で今もなお生活をしていくだけでも精一杯という地域もある中、今の時点で地域の具体的な将来設計をしようをというのは、少々押し付けがましい姿勢かもしれない。しかし、再び震災が起きる可能性のあるこの地域において、将来設計とまでは行かずとも、将来へ向けた視点を与えることは意義あることであるし、またその視点を与える役割こそ建築家が担っていくべきではないだろうか。

 

栗田有理

東京工業大学工学部建築学科

アーキエイド関東学生スタッフ

首都大東京の発表

質疑応答の様子

ブースでの展示

アーキエイド・サマーキャンプ 2011 地図 JPG 画像
アーキエイド・サマーキャンプ 2011 地図 JPG 画像

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