【現地レポート】大谷川浜獅子振り/第一回大谷川浜住民協議会

初めまして、東京工業大学大学院塚本研究室修士1年の林咲良と申します。今回は6/9に行われました、牡鹿半島大谷川浜での「獅子振り」の感想及び「第一回大谷川浜住民協議会」についての報告を書かせていただきます。

大谷川浜は震災当時30m以上の津波に襲われ100%被災したにもかかわらず、牡鹿半島で唯一震災による死傷者が一人も出なかった浜です。低平地は居住が制限され、震災前の半数程度の世帯が高台移転を希望しています。
震災前大谷川浜では「獅子振り」という祭りが、毎年2月、親から子へと役割を引き継ぎながら行われてきました。獅子に頭や身体を噛まれることで無病息災を願う祭りでしたが、震災による津波で獅子頭や太鼓が流失してしまったため2年3ヶ月の間行うことができずにいました。今回、外部からの支援を受けてようやく道具がそろい、震災後はじめて獅子振りが復活するということでアーキエイドからも福屋先生、塚本先生をはじめ12人でお邪魔させていただきました。

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会場となった二渡神社には、震災後大谷川を離れた人たちや子どもたち含め約50人もの人が集まり、これまで見たことのないほど賑わいを見せていました。こうやって、浜に駆けつけてくれる、大谷川に愛着を持っている人がたくさんいるのを実感しました。

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大太鼓と小太鼓、笛、女性達の踊りで盛り上げるお囃子も、二年間のブランクを感じさせない力強さでした。太鼓と笛を演奏する人の中には、風格のあるかなり年配の方もいれば私たち学生とそんなに年齢が変わらないのではないかと思える人もいます。こうして伝統が受け継がれていくのだなと思いました。

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大人4人で舞われる獅子も真っ赤な獅子頭を派手に動かし、睨みつけたり、たてがみを振り乱したりして、迫力がありました。浜の人たち、アーキエイドのメンバー、ボランティアの方々、皆うれしそうに獅子に噛まれていました。

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今回獅子振りが行われた二渡神社は、参道が流され、建物は礎石からずれて傾き、鳥居も再建できないまま祭りを迎えました。それでも神社を、祭りを大切にする住民の気持ちがこうやって獅子振りを復活させたのを見ると、このような人々の活動がよりどころとなってまた浜に人が集まることができるのではないかと感じました。

獅子振りの後、第一回大谷川浜住民協議会が行われました。

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アーキエイドの被災地との関わり方は、震災から二年以上がたつ今、徐々に変わりつつあります。各浜の土地利用計画が最終確認の段階に入り一部の浜では工事が始まっていることをふまえ、今年度は、防災集団移転のプロセスにおいて、発注者であり設計を担当する東北大の災害研究所および行政や土木コンサルタント事務所の手がなかなかまわらない、浜の住民達との直接的な対話やそのための模型・透視図の作成などをサポートする立場として入っていくことになりそうです。大谷川浜では、高台移転地の宅地整備や低平地のマスタープラン作成にあたり、県に対して求める個人個人の声を高台移転する集落の声としてまとめていくための住民協議会をたちあげることになりました。今後は、アーキエイドのメンバーはその協議会にアドバイザ—として参加していくことになります。今回の第一回住民協議会では、高台移転希望者15名を中心に模型を囲んでの議論が交わされました。

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はじめに福屋先生と塚本先生から高台移転地の計画の変更点についての説明があり、それに対して住民の意見をきくという形で行われました。今回の協議会の主な議題は、新設県道について、高台移転地について、住宅再建について、今後の住民協議会についての4点です。

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今回の案は、すべての宅地から海が見える<第10案>です。これまでの住民からの聞き取りによって得られた意見をある程度は反映することができていますが、もう少し調整が必要な点もまだあります。大谷川浜を含めた裏浜とよばれる地域では100%被災した浜も多く、県の災害復旧事業による県道移設が予定されています。大谷川浜ではその新設県道と高台移転地との関係も大きな問題となっています。

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東京工業大学の学生で作成した1/200の高台移転地の模型を使い、実際に家の模型を動かして高台移転後の風景や海との関係を考えました。

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ときどき笑いも起こるおだやかな雰囲気の中で協議会が行われ、浜の人々から活発に意見が飛び出しました。

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高台移転地については、中心を通る緑道から集会所へのアクセス、防火水槽や移動販売車が停まれる広場の場所の確保など具体的な指摘もありました。宅地の配分や住宅の建て方についても、話し合ったり譲り合ったりして、皆で住みやすい集落をつくろうという空気が住民のなかで共有されているのが伝わってきました。
また、住民協議会を区長さんのとりまとめで今後も行っていくことが決まりました。第二回は8月下旬に行う予定です。

3.11の震災が起きたとき私は学部2年生で、アーキエイドの活動に初めて参加したのは震災から1年以上がたってからの2回目のサマーキャンプでした。そのときにはがれきはすでに掃除され一カ所に集められていましたが、復興のための工事はほとんどはじまっていませんでした。

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今では鮫浦ではすでに高台移転地の整備がはじまっていますし、他にもあちこちで工事がはじまっていて、色々なところに少しずつ浜の活動が戻ってきています。それでもほとんどの浜の人たちにとって、浜でふたたび暮らせるようになるにはまだまだ時間がかかります。今も多くの人たちが仮設に暮らしているし、復興は動き始めたばかりだということを肌で感じました。

今回を第一回としてはじまった大谷川浜住民協議会ですが、宅地の造成計画がほぼ確定し、これからは実際に住民の生活をつくっていくことにこれまでより直接的に関わることになります。今回の協議会では、模型があることで敷地内の段差が視覚的に理解でき、住民の皆さんにもわかりやすかったのではないかと思います。「浜の将来を考えようと呼びかければ、離れて住んでいても、浜の人は皆集まることが出来ると思う」という区長さんの言葉に、浜への強い想いを感じました。
大谷川浜が、牡鹿半島のなかでも先陣を切って住民協議会を発足させ前向きに進んでいることが、大谷川浜の人々にとっても、牡鹿半島のなかに限らず小さな町、集落の復興を目指す人々にとっても希望になることを期待したいと思います。

最後に獅子振りにお招きくださった大谷川浜の区長さん、ありがとうございました。

東京工業大学修士1年
林咲良

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