せんだいデザインリーグだより
今回の被災地でもある仙台を拠点とするアーキエイド設立発起人メンバーからの復興だより。

4.11に思う : 小野田泰明

震災からもう一カ月。寒くひもじい状況に突き落とされ、ガソリン不足で行動圏すら著しく制約された数週間を脱し、仙台では「日常」が戻りつつある。もちろん、津波被害を受けたエリアでは、一瞬で生活基盤を失った多くの人たちがいまだ苦しんでいるので、「仙台はほとんど被災していない」というのは一面では正しいようにも思う。でも、この一カ月、これまで想像もしなかった形で、僕たちは、生きることを再考させられたと改めて思う。長期に渡って、既存の都市機能がマヒしたため、それぞれの裁量で乗り越えならなくなった状況の中、各人が見せた意外な素顔。覚悟を決めて切り開く人、ひとまかせで乗っかって平気な人、ひきこもる人、雄弁な発信に執着する人、こつこつと状況に取り組む人。「危機は人の地金を現す」という言葉のとおり、僕たちが日ごろ何に価値をおいてこの社会を生きているかが、むき出しになった数週間でもあった。

その一方で、僕たちがこれまで拠点にしていた建物は、この数週間の努力にも関わらず、地震被害によるロックアウトがいまだ解けず、地震時の無秩序状態を改善するには、さらに数週間の格闘が必要という厳しい状態にある。飛行機が再開され、新幹線も近いうちに復旧する。構造的に破壊されてしまった仙台の産業基盤を立て直し、厳しい状況にある沿岸部の人たちと共同して新しい環境を作り上げる第二のフェーズが幕を開けるというのに、なんという情けなさだろうか。

それでも、少なくともこの数週間で学んだことは、建築がそこにちゃんと立っているということの素晴らしさだし、表層的な格好よさには走らずに、秩序化のために頭を絞り、実現の努力をこつこつと続けるという態度の尊さであったと思う。

見ることが苦痛で、あれほど馬鹿くさく思えたテレビ番組をまた普通に見るようになり、「むきだし」の状態から、またしゃらくさい上着を身につけつつある近頃ではあるが、建築に関わる有志が立ち上げた「アーキ・エイド」の崇高な活動が、本当に骨太で継続的なものとなるよう貢献する気概は、それなりに維持されていると思う。もっとも、「復興」という巨大なシステムが駆動している現実の中で、地域や人を空間の力で再生するというこの手のかかるプロジェクトを、善意の皮をかぶったさもしい表現欲を遠ざけつつ、地域の中にどのように仕込んでいけるのか。じっくりと腰を据えて取り組むことが求められる厄介なミッションであることだけは確かなようである。

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